33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名、200mm、65mmの望遠鏡と双眼鏡で星空を楽しんでいます!
大洗の底力
2019-11-17 Sun 00:00
1911161.jpg大洗町埋蔵文化財企画展第3弾「常陸鏡塚」初日、ギャラリートークの時間に間に合うように行って来た。めんたいパークで昼飯用のおにぎりを買って徒歩で出発。そこから15分のところに、来春国指定史跡になる予定と今朝の新聞記事に出ていた磯浜古墳群はあって、磯浜海防陣屋を含んだ日下ケ塚、姫塚古墳、国内最大級円墳の車塚古墳などに寄り道。
1911162.jpgそこから旧大貫小学校の企画展会場までは徒歩15分ほどで到着。

1911163.jpg「常陸鏡塚」企画展初日のみのギャラリートークには多くの参加者があった(昨年の倍とのこと)。教育委員会蓼沼さんの復元模型を使った古墳の考古学的な話に加えて、三井考測の三井猛さんの測量の解説は、めったに伺えないマニアックな内容で来た甲斐があった。ギャラリートークの最後に、来週24日のおでぃば山(磯浜海防陣屋)草刈りの広報もあったが、私が知っているだけでも15年近く地元の方々との草刈り行事が続いていることになり、そういうこともこの町の魅力に感じられた。街中には明日のあんこう祭目当ての明らかにリピーターと見受けられるガルパンファンなど大勢の若者が一泊予定で次から次と湧くように集まって来ていたが、彼らも私とは別の部分でこの町の魅力に惹きつけられているのだろう。表面的には、大洗恐るべしとなるが、あの人、この人の様な地道にやって来た人々の成果の積み重ねだということは忘れてはいけないと感じた。
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親近感をモチベーションに苦手な縄文・貝塚の本を読んでみた
2019-11-12 Tue 00:00
1910161.jpg『霞ヶ浦の貝塚と社会』 阿部芳郎編 雄山閣 2018年 3000円

 25年ほど前に霞ヶ浦の沿岸に住むことになり、県南の地形を利用した中世の城郭跡に興味を持って歩いてきた。地形ということであれば、霞ヶ浦周辺は我が国有数の貝塚分布地帯でもある。それなのに、縄文時代については時代区分も分類の編年も知らず、土器を見ても時期の区別もつかない。資料展示を見たり解説を読んだその瞬間は、ああそうなのかとは思うのだが、記憶としてちっとも定着しない。記憶力が衰えてきていることは確かだが、それにしてもザルで水を掬うかの如き見事な忘れ方なのだ。現在骨折療養中の身の上で、読書のための時間が割とあるので、普段読まない本とか読めずに後回しになっていた本をいくつか読んでいる。本書については、存在は知っていたが読むには至っていなかった。分担執筆者15人中、県南地域の資料館関係者を含めて半分以上が存じ上げるお名前なので、親近感をモチベーションにこの機会に縄文の知識を定着させたいと思う。
 予想通り読み切れなかったが、印象に残ったのは1879年から2014年までの「霞ヶ浦沿岸貝塚の発掘調査事例」の表(関口満・亀井翼「霞ヶ浦の貝塚研究史」)だった。日本考古学の嚆矢となった飯島魁と佐々木忠次郎による陸平貝塚(美浦村)の発見と調査以来「学術」を目的として行われてきた発掘調査だが、1967年の宮後遺跡(石岡市)そして1972年の虚空蔵貝塚(美浦村)を境に、その目的は「学術」から「記録保存」へと大きく方向を変えた。「記録保存」と言えば聞こえはいいが、要は開発などにより破壊が予定されているので急いで記録だけでも取っておいたということだ。1972年以降の貝塚遺跡115件の発掘調査の内の7割が「記録保存」され間も無く破壊されたことになる。1972年といえば、田中角栄の「日本列島改造論」が政策綱領として発表された年で、茨城県南もリアルタイムにその時代に飲み込まれていたことが分かる。
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あらためて「杉山城問題」を復習しておく
2019-09-23 Mon 00:00
1904291.jpg最近、「城郭とは」とかさらに中世城郭とは」とか「城、城郭、城塞、城砦、城館、館、屋敷」の使い分けとか、いろいろと気になり始めて幾つかの本を手に取った。一口に「中世城郭」と言っても、中世前半と後半とでは様相が異なるという認識が一般化してきたようだし、広く使われてきた「城館」という用語の妥当性にも疑問符が点灯しているらしい。自分は研究者ではないので多少使い方が曖昧でも批判は受けないだろうが、この時代の論点に着いていけるようにはしておきたいと思う。現在、城郭研究者の中の論点の一つとなっているのが、「杉山城問題」だということは間違いないだろう。当事者を含めて、いろいろな研究者がこの問題に関しての見解を述べつつ、城郭研究の次代を模索している様に感じられる。
その杉山城は埼玉県比企郡嵐山町にある城郭パーツの展示場の様なお城だ。緻密で論理的な縄張りは、築城技術の成熟を示しているので、戦国後期の城の特徴と考えられているが、本当だろうか。強力な火力と大軍勢の城攻めの前には、いくら横矢掛を緻密に配置した縄張りを設計したところで無力だということを悟り、戦国後期になるとその様な縄張りは減って、技巧よりも規模になってくるということはないだろうか?要は杉山城の築城主体を特定する問題だが、その方法をめぐって、考古学、文献史学、縄張り/パーツ編年論の世界へいろいろな問題を提起している。
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小田散策
2019-09-18 Wed 00:00
1909173.jpg日差しの強い日だったが、先日、土浦の街中での山伏に依るねぶたの魂入れ法要に参加した折にもらった「常陸小田城跡フットパス」を手に、小田城周辺を歩いてきた。小田城には過去何度も行っているが小田宿をゆっくり歩いたことはなかったかもしれない。
 →常陸小田城跡フットパスPDF(表)
 →常陸小田城跡フットパスPDF(裏)

1909171.jpg長島尉信実家の場所が今は公共の大駐車場になっている。そこからまずは山伏さんに敬意を表し、磨崖不動明王立像へ向かった。写真の不動堂で法螺貝を吹いて護摩を焚いていると聞く。不動堂裏の岩盤の御簾が掛かっているのが磨崖仏で、傷んでいるのでときどき御簾をあげてご開帳があるらしい。

1909172.jpg田圃の稲は倒伏しているが実は入っている。週末の度にこう雨が降っては刈り取りしたくてもできないのだろう。
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お城歩きコミック
2019-04-23 Tue 00:00
1904201.jpg『東京城址女子高生1』 山田果苗著 KADOKAWA
                   2018年 620円
『東京城址女子高生2』 山田果苗著 KADOKAWA
                   2019年 620円
 歴史物語をコミック化したものではなく、お城歩き自体がネタになるというのは、まさにお城ブームたけなわの証拠だ。かつては年寄り趣味と思われていたものが、25年ほど前のネット時代の到来に上手く乗ったことで若い世代が主力になり、いまや城女子なるものまで出現。天文アマチュアなどに比べればまだまだ歴史は浅いが、先日、私の知る範囲での、「茨城県のアマチュア城郭ファン25年史」を城友達にプレゼンしたところけっこう楽しんでもらえた。まあ、ブームというのはいずれは去るものだが、せっかくお城に嵌ったのだから、今のうちに頭と体を使って「お城歩き健康法」を身に付けておくのがいいと思っている。
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これさえ終われば
2019-01-28 Mon 00:00
1901272.jpg90分のお城の講座をなんとか終えて来た。みゃおさんやS.Uさんのアドバイスのおかげで、喉のコンディションについては最高に良い状態で話し切ることができて一安心。そして、ここまでインフルエンザにかからずに済んだのは本当によかった!どれだけ準備を周到にやっておいても、インフルにかかってしまったら全てが水泡に帰してしまう。職場での今年のインフル発症者は異常な数で、この数週間は戦々恐々の毎日だった。この先も予定はいっぱい詰まっているが、今日が終わればあとは臨機応変に対応できる。それにしても、ここ3週間、三味線と三線、ほとんど練習しなかった。またリセットだな。
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真夏に藪こぎは痒いのなんの
2018-08-14 Tue 00:00
お城歩きはあくまでも趣味なので、虫や蛇が出る暑い時期に敢えて藪に入りたいとは思わない。でも、仕事でどうしても入らなければならない人もいる。そんな方々からお誘いがあり調査にお供して藪漕ぎをしてきた。酷暑日ではなく、気温30度の曇り日だったのは幸いだったが、それでも藪の中ではズボンも長袖シャツも汗でグズグズ、顔や耳などを蚊に食われ痒いのなんの。
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小字を廃止してはいけない
2018-07-15 Sun 00:00
・廃止される小字
 →小字の廃止について
 →小字の廃止一覧
1807141.jpg 地籍調査事業の円滑な推進が小字廃止の理由と書かれているが、情報量が減ればあいまいさが増えるのは数学上の話で、行政上はそうではないのだろうか、不思議すぎる。今回四国中央市の例が目に止まったが、全国でどんどん同じ様なことが進んでいるのだと思う。歴史的文化的民俗的地球史的財産であるこうした小字を現代人の狭い世界観で不要と勘違いして捨ててしまうことは子孫への罪になることに思いをいたすべきだと思う。お城の本の最後で、共同執筆者である友人(故人)の言葉を次の様に引用したことがある。《「記録の存在しない地域にとって、地名は地形と共に地域の過去を語る貴重な証人であり、古文書である。(中略)将来再び歴史を振り返るとき、地域の過去を語る1級資料として蘇るはずであり、現在の我々には地名を後世に伝えていく重い責務が課せられていることを忘れてはならない。」地名が示す本来の意味が解明できれば、戦国の人々が構築しようとした本当の城の姿に迫ることが出来る、これが石﨑勝三郎から私たちへのメッセージと宿題である。》小字はその土地が過去どの様に利用されどの様な歴史を辿ってきたのかという自然と人との関わりの記録でもある。それを丹念に調べれば災害の危険性を推測できる場合もある。使用することを禁止するものではないと書いてはあるが、それならば廃止せずに運用方法で対処すればいいことだと思う。そうでなくても以前ほど使われなくなっている時期に廃止のバイアスをかければこれまで以上の速さで消えてしまうだろう。せめて人々の記憶にあるうちに、これらすべての小字の位置と範囲を記録しておくことが、廃止よりも先に行政がやるべき緊急の作業だと思う。
[右画像は四国中央市で廃止される小字一覧表15ページ中の5ページ分]
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竹田城へ行ってしまうと天空の城は見られない
2017-12-03 Sun 00:00
・雲海だけでなく星空も名所 竹田城跡で夜間公開方針
 そもそも、入城者の急増で遺構が痛むことを危惧して入城制限を始めたのではなかっただろうか。訪城者が減るのは織り込み済みというかそれが目的だったと思うのだが?その上、聞くところによると、見学は一方通行で後戻りができないということだから、少なくともお城好きには魅力激減だと思う。1712021.jpgそして、竹田城の人気が出た理由は、雲海に浮かぶ天空の城の写真だったと思うので、それって竹田城へ行ってしまったら見られないわけで、その光景目当ての一般観光客は記事にある「立雲峡」あたりから眺めてるのではないかと思うのだが。お城好きにとっても一般客にとっても魅力がなくなって訪問者が減ってしまったのだろう。そうは言ってもお金をかけて整備したからには激減は困るということのようだ。ただ、山城は昼間でさえ危険も多いから、夜の事故に繋がらない様にして欲しいものだ。
[写真はお城友達ウモさんの『埋もれた古城』の竹田城からお借りした]
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落ち着ける気配は当分無さそう
2017-09-12 Tue 00:00
1709112.jpg7月末に城郭本2巻の出版を無事終え、8月はその後片付け作業を少しずつ行い、中旬から北海道の台場に関する冊子制作に時間を費やしつつ、9月月初めは短い夏休みで福岡旅行をしてきた。帰ってきてからは、台場冊子の続きをやりつつ、9月下旬から10月上旬にかけて来日するポーランドからの客を迎える準備、彼らに披露する三味線の稽古、三線の稽古、地域の文化祭への出展物の準備、秋の投句、、、。観測小屋の掃除はその後になりそう。
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原稿料が振り込まれた
2017-07-03 Mon 00:00
1706301.pngある冊子に一般の方(と言っても主な対象は高齢者)向きにお城の案内を書いて欲しいと依頼をいただいた。3月毎に年4回(各回10000部)発行とのこと。ちょうど夏に出す本の宣伝にもなるのでお引き受けした。県内を4地域に分けて、1年4回で茨城県を一巡りするという予定。メンバーと分担して持ち回りで書くことにした。口開けは私。霞ヶ浦周辺のお城巡りというテーマで、公園になっていて歩き易く、またそれぞれに特徴のあるお城を何箇所か紹介してみた。その冊子が数日前に発行され、月末には原稿料も振り込まれた。
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こんなところに
2017-06-28 Wed 00:00
1706271.jpg先日届いた『鎌倉街道中道・下道』、どの論考も大変面白く示唆的で、もう半年早く出版されていたら、私たちの本の参考にさせてもらえた部分が各所に見出せる。と、あれれ、私が11年前に最初の城郭本に書いた項目が引用されているではないの!本当の先行研究は私の師匠が『阿見町史』で論じたもので、私はそれを含め他地域の例を合わせて紹介したに過ぎないのだが。
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久しぶりの読書
2017-06-25 Sun 00:00
1706243.jpg自分が関わっている本の校正作業に追われてここ数週間それ以外ほとんど何もできなかった。今日は新刊書が届き、久しぶりに数時間読書ができた。お世話になっている、茨城大学の高橋修先生の編著書『鎌倉街道中道・下道』で、道は城郭とも密接に関わるし、自宅周辺の古道の話題も出てくるし、内容に期待が持てる。年明けに届いた『佐竹一族の中世』は佐竹氏500年の歴史を色々な視点で論じた今までにないタイプの本で、今後も売れ続ける予感がある。2年前に出た『常陸平氏』からは一部自分の原稿を書く時の参考にさせていただいた。
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某FM局でお城三昧
2017-06-23 Fri 00:00
1706221.jpg今夜もまたまたお城の話題。先日、某FM局で友人が担当している歴史番組に誘われ、お城の話をさせていただいた。地元の有名なお城、霞ヶ浦南側台地上にある珍しい構造物群、土浦城、そして新刊書の宣伝と、30分番組をほとんど目一杯使わせていただいた。初めての経験で、出だしでいきなり血迷った間違いを言ってしまったが、それを除けば思っていた以上の出来だったと超甘の自己採点をしている。写真は、出演お礼にと頂いた、茨城県を代表する中世城郭・小幡城のてぬぐい(制作:茨城町地域おこし協力隊)。
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こんなところにいたのか!
2016-02-03 Wed 00:00
1602021.jpg土浦市内の城館跡を歩いていたら、こんなひとに出会った。土塁の上でお地蔵さんと並んで人びとを守ってくれているんだろう、古城趾のダース・ベイダー。

 古城趾の土塁に佇むダース・ベイダー
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冬来りなば春遠からじ、それでは困るのだ。
2015-12-20 Sun 00:00
1512172.jpg年越しまで残り十日というのに例年に比べるとたいして寒さを感じていない(にもかかわらず不覚にも風邪をひいてしまったが)。厳しい寒さがやって来ていないということは林の中はまだ藪の勢いが衰えていないのだろうなぁ。この冬の間にぜひ行ってみたいお城が何箇所かあるのだが、藪が落ち着くのを待っていたら春になってしまうかも。いまから焦るなぁ。
シーイングの悪さに目を瞑れば晴天率の高い冬場が関東での安定した天体観望シーズンだが、藪の勢いの衰える冬季はお城歩きのシーズンでもある。冬来りなば春遠からじ、どちらにとってもそれでは困るのだ。
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散策始め
2011-01-03 Mon 00:33
110102.jpg正月休み最後の日は、友達と千葉県佐倉市へお城散策へ行って来た。風もなく暖かで穏やかな一日だった。

今夜の観測:夜になっても風は無く、気温の割に寒さを感じない。ε Aur3.7等、ο Cet5.0等、RX Lep6.1等、U Mon5.9等、W Ori6.0等。
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米相場の三日月占いと風の格言
2010-05-31 Mon 00:00
大正14年生まれで今年85歳になる私のお城の師匠は生まれてからずっと農家でやってきた。時刻や農作業の適期を計るのに、月や星を頼りにしないのか聞いてみたが、とくには無いと言う。師匠のじいさまは明治初めの生まれで、興味の幅の広い人でいろいろな話をしてくれたらしいが、空や星のことは聞いてねぇなと言う。それでも、星の伝承ではないがひとつだけ思い出してくれた。

 三日月が立つと米の相場が上がる

年の初めに月を見てその年の景気を占ったのだろう。正月に立ち三日月が出た年の実際の景気はどうだっただろうか(このシミュレーションはS.Uさんがやってくれそうだ)。

星ではないが、この地方で昔から言われている風についての格言がある。

 西風と日雇取りは日いっぱい
 南風と乞食の袋は日暮れになる程大きくなる

みなさまのところでも似たような言い方はあるだろうか。
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幻日環
2009-10-07 Wed 00:37
ちょっと遠出をしてきた。星見の成果はあまり無かったが、直江兼続、伊達正宗絡みの城郭歩きについては、幸い雨には降られず上々のできだった。

091005.jpg途中、宮城県北西部を山形県へ向かって走っている時に、薄雲の中に珍しい光が見られたのでパチり。9時の方向の幻日が木に掛ってしまい写せなかったのは返す返すも惜しいことをした。
今回見た光は雲を頻繁に見ている人にとってはそれほど珍しくもない現象だろうが、それでも幻日環は稀なようだ。

[参考] 空の輝き
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金沢城の土星
2008-09-07 Sun 23:36
080903.jpg 夏の北陸旅行3日目の午後は金沢城へ行った。一般的に近世城郭は広大だ。隅から隅まで見て回ろうとするとただでさえ疲れるのに、二日連続の山城歩きの後のためふくらはぎがパンパンになっての到着だった。へろへろになって城内を回っていると、二の丸広場の西側、旧第六旅団司令部側の石垣に土星を発見(左写真の中央部と右上、場所は右写真)。
0809032.jpg この刻印は(1)石の提供を請け負わされた大名が目印に付けた、(2)石工の目印、(3)普請場での目印などと考えられている。他の場所、他の城にもけっこうあるので、城の石垣を見るときには注意して見られたし。

今夜の観測:今夜は雨の予報だったはずだが星が出ている。夏の大三角は西へ傾きペガススの四角が天頂に来ている。東にはプレアデスも見えてきた。ということは、ミラ(οCet)が見えるはず。P Cyg4.9等、οCet9.3等。あれれ、他の人はもっと暗く見ているみたいだけど。
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「天の川」地名考(その2)
2008-06-22 Sun 18:29
一日雨。今夜はこれから150mmの豪雨になる予報。
「天の川」地名考(その1)の続き。
 「天の川」地名の一例となる資料を紹介する。それは北海道上ノ国町にある勝山館という中世城館(お城)の調査に関するシンポジウムをまとめた書籍『北から見直す日本史』(網野善彦/石井進編 大和書房)の中にある。

0806214.png・北海道に残る古い記録などに天ノ川や上ノ国のことが天河と記されている。
・上ノ国を流れる天ノ川は天河と表記され、かつては「テガ」ないしは「ツガ・トガ」と呼ばれていたのではないか。
・アイヌ語地名で「トガ」は「沼の上手」または「ほとり」「岸」となるらしい。
(松崎水穂「勝山館跡とその城下の謎」より)

 古い時代から使われている地元での地名の呼び名は特徴ある地形を表す名称であることが多い。後世その音が漢字で表記され、さらに似ている別の漢字に書き換えられることはよくある。「天の川」「天ノ川」という地名もそうした変遷を辿ってきたのかもしれない。だから、近年命名されたことが確実である場合を除けば、単純に「銀河」や「七夕」と結びつけるのは拙速かと感じる(天文ファンとしては捨てがたいが)。関東以北のこれら三つの「天の川」に共通することは、北方のアイヌ文化の影響を色濃く残すあるいは受けた地域の地名だということ。上記の例にあるような、何か共通する地形があるのではないだろうか。
 以上、まぁ地名考というほどではないがそういう視点から想像するのも面白いのではないかと思う。やまのんさんへの回答にはならないけど、ヒントくらいにはなったかなぁ。
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| 霞ヶ浦天体観測隊 |

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