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2008-07-20 Sun 21:48
ヘール・ボップ彗星のメモがたくさん残っていたのに気を良くして、しし座流星群のメモも探してみた。ところが、わずかにこれだけ。2001年は流星雨を体験したと言うのにそのときはあまり実感が無かったと見える。1998年 11月18日 02時30分〜3時10分 城跡 03時40分〜5時10分 湖畔 予想ほどには出現せず。しかし、火球、流星痕を見る。 2001年 11月19日 02時00分〜03時30分 向かいの畑のサツマイモのつるの上にマットを敷いて寝袋に入って。 03時頃が多かったかな。30個/分を数えた時もある。 |
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2008-07-10 Thu 00:04
昨年は初めて水星を双眼鏡で見、今年の1月には肉眼でも確認して「コペルニクスを越えた?」宣言を出したが、そのコペルニクスに20年程前に会って来たことをふと思い出した。
1987年7月、詳細は略すが、その数年前から文通をしていたポーランドのInowroclaw(イノブロツワフ)に住む同世代のZbigniew Malecki(ズビグニエフ マウェツキ)のところへ遊びに行ったことがあり、その彼が中世城塞都市Torun(トルニ)を案内してくれた。 東欧の都市らしい色彩の美しい街だった。ポーランドが生んだ世界的に有名な人物は多いがコペルニクスもそのうちの一人。ポーランドは中世以降たびたび国土が分割され国が無くなっていた時期があり、トルニがドイツ領だった時代もあるためコペルニクスはドイツ人という人もいるが、トルニ生まれだからポーランド人ということで良いと思う。 左写真は市庁舎前に立っている有名な銅像。それから博物館になっているコペルニクスの生家を目指したが、なんと休館日。虚しく入り口の写真だけ撮ってきた。その頃は星から離れていた時期だったのであっさり諦めたが、今ならばどうしただろうか。![]() 私が訪ねた10年後に当たる1997年、第2次世界大戦でナチスに破壊されなかったトルニの旧市街は世界遺産に登録されたそうだ。 もし感想を頂けたらポーランド語もどきに訳してミーハウへ送りたいと思います。 【参考:ポーランド語のアルファベットには特殊記号があるので正確に表記できず、英語表記してあります。表記と読みが異なるのはそのためです。カタカナ表記の方はポーランド語の発音に近いです。】 |
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2008-04-17 Thu 00:11
C/1995 O1(ヘール・ボップ彗星)は太陽から25.7天文単位離れて明るさ20等でいまだに活動しているという記事がアストロアーツに載っていた(→記事へ)。ヘール・ボップ彗星は私が体験できた初めての彗星だった。1997年、それは天文から最も離れていた時期だったのだから幸運というか縁があったというかとにかく思いで深い。[左写真は霞ヶ浦湖畔で写したヘール・ボップ彗星] 1996年春、日本人発見の大彗星の話題は天文から離れていた私の耳にも届いた。数年前に職を得て東京から茨城県土浦市へ移っていたが、百武彗星が現れたのはちょうど霞ヶ浦湖南に自分の家を建てている最中だった。まだ壁と屋根と床があるだけの受け渡し前の家の鍵を工務店から借りて寝袋持参で百武彗星を見に行く計画も立てた。ところがその時期は工事が度々中断するような雨天続きで結局百武彗星を見ることなく機会を逃してしまった。[右写真はWikipediaの百武彗星 (C/1996 B2)から] |
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2008-01-15 Tue 00:19
子供の頃からの天文趣味から離れたのは34年前に大学受験勉強を始めた頃だが、その後も「自分は将来のどこかの時点で星を見ることを再び趣味にするだろう」という思いは漠然と持ち続けていた。それならば、機材や書籍などの一切合切を保管しておけば良かったようなものだが、再び始める頃には時代も自分も変わっているだろうからそのときに新たに揃えようと当時のほとんどの物を処分した。今考えて、TS-50を手放したこと以外にはさして後悔はない(残っていればレトロな珍品としてヤフオクネタにできた物も若干あったかもしれないが)。当時の子供心としては、将来天文趣味を再開する頃には資金面で苦労することはないだろうと思っていたのだが、なんのことはない小遣い通帳を眺め眺めの生活は今も中学生時代とちっとも変わってない。[今日1月15日は、昨年友人がMcNought彗星のことを話題に出してくれた天文復帰記念日] |
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2007-06-08 Fri 00:00
カノープスさんのブログのコメントを読んで乗鞍岳のことを思い出した。大学受験・進学をきっかけに星を見る習慣は無くなったが天文への興味が同時に消えたわけではなかった。というよりもさらに基礎から宇宙の成り立ちを知りたいという好奇心から物理学科への進学を希望し、「宇宙」と関係ありそうな宇宙線物理学、超高エネルギー物理学で有名な大阪の公立大学を選んだ。 卒業研究では北アルプス乗鞍岳(標高3026m)の山頂近くにある全国共同利用施設の東京大学宇宙線研究所乗鞍観測所へ何回か行った。すぐ近くには国立天文台乗鞍コロナ観測所もあったので、ちょっと見学させてもらえばよかったと今になって思う。気軽に行ける場所ではないので惜しいことをした。それどころかそのころ星見から遠ざかっていたため乗鞍での夜空の記憶がほとんど無い。なんとももったいない話だ。 大学生活は楽しかったが、物理学的センスと能力の無さを自覚して大々的に方向転換。いまはまったく結びも付かない分野の仕事をしている。 [写真:宇宙線観測所全景と遠方にコロナ観測所を望む] |
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2007-03-04 Sun 00:42
『星を見るための別荘』のカノープスさんから昨日の記事へ「天文ファンの見たいものベスト3をあげると、たいてい出てくるのが 1大彗星 2流星雨 3皆既日食 といったところだと思います。この10年で1と2を見ることを出来たのは本当にラッキーで幸せなことかなと思っています。」というコメントを頂いた。そう思って我が身を顧みると、大彗星(ヘールボップ彗星)と流星雨(2001年しし座流星雨)を体験しているではないか。それも天文空白時代に。皆既日食は事前に予定が立つが、大彗星と流星雨はまさに偶然との出会い。星を見続けているみなさんでもなかなか出会えない大イベントを体験できたことは本当に幸せなことだったと、カノープスさんのコメントを読んで改めて実感した。
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2007-03-03 Sat 00:00
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2007-02-04 Sun 00:56
1月15日、「天文をやっている友人に誘われてマックノート彗星を見てきましたよ」と別の趣味友達が話してくれた。その時は「久しぶりに肉眼で見られる彗星が来ているのか」程度のインパクトしかなく、天候がすぐれなかったこともあり、それほどの興味も湧かずに数日間を過ごした。ようやく事態に気づいたのは「マイナス5等級」の文字を見たとき。「しまった!」その後はバタバタと日を過ごしながらも、結局付け焼き刃の情報収集では間に合わなかった上に、南へ去った後の彗星の尾っぽすら見損なってしまった。「ベネット彗星の時と同じだな」37年前のことが蘇ってきた。
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| 霞ヶ浦天体観測隊 |
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1996年春、日本人発見の大彗星の話題は天文から離れていた私の耳にも届いた。数年前に職を得て東京から茨城県土浦市へ移っていたが、百武彗星が現れたのはちょうど霞ヶ浦湖南に自分の家を建てている最中だった。まだ壁と屋根と床があるだけの受け渡し前の家の鍵を工務店から借りて寝袋持参で百武彗星を見に行く計画も立てた。ところがその時期は工事が度々中断するような雨天続きで結局百武彗星を見ることなく機会を逃してしまった。[右写真は

