33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名、200mm、65mmの望遠鏡と双眼鏡で星空を楽しんでいます!
藤原定家『明月記』の記述が科学を補足する
2017-03-23 Thu 00:00
1703221.jpg・国立極地研究所:『明月記』と『宋史』の記述から、平安・鎌倉時代における連発巨大磁気嵐の発生パターンを解明
・『明月記』の記録などから解明、平安・鎌倉時代の連発巨大磁気嵐の発生パターン
 M1かに星雲の元になった超新星爆発の記述他、合わせて3つの超新星爆発を記述していることで有名な藤原定家の『明月記』だが、その他にも天文現象が多数記述されているそうだ。この論文は京都で見られたオーロラの記録から巨大磁気嵐の発生パターンを解明したというもの。「赤気」というのがオーロラの意だそうだ。、、、そういえば、地元の中世武士団が残した記録にも空の色に関するする記述があったような気がする。
[写真はWikipediaより明月記断簡(大阪府立中之島図書館蔵)]
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この記事のコメント
歴史上の低緯度オーロラの記録は興味深いです。
下で引用したデータによると、1050~1250年、1350~1400年頃が歴史的にもオーロラが多かった時期にあたるようです。

http://seiten.mond.jp/gt32/solaract.htm

 世界的に荘園が広がり軍事政権が勃興した時代と関係があるのかもしれません。

 「赤気」はいままで実際に見たことないので、見てみたいです。下は比較的最近、京都府で見えた例です。この時は、つくばでも観測を試みましたが見えませんでした。赤気はローカルニュース的にしか見えないみたいです。なぜなんでしょうか?

http://seiten.mond.jp/gt13/aurora.htm

2017-03-23 Thu 07:38 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>歴史上の低緯度オーロラの記録は興味深いです。
 オーロラだけで無く、古文書に記録された天文や科学情報を有効に活用することはこれからの課題ですね。

 S.Uさんと中井さんにお手伝いいただいて「烟田旧記」に記録された天文現象を「天界」で紹介させていただきましたが、ただいま制作中の城郭関係本でもこれを紹介することにしています。S.Uさんが造詣の深い古天文学はいまや天文学の一分野となっていますが、逆に歴史学の中で天文現象や科学的記述を利用しようかというほどにはまだまだ注目されているとは思えません。例えば、「烟田旧記」の記述で年号の「八」と「九」の写し間違いを仮定すると、正確な日食記録となります。これなどは散逸した文書の編纂や書写の段階での間違いを修正できる極めて貴重な例ではないかと思います。

>赤気
 芦谷さんの写真記録は素晴らしいですね。熊が出るかもとのことで、命がけ覚悟というのが、なんとも愛すべき天文フリークです。
2017-03-23 Thu 18:28 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>制作中の城郭関係本でもこれを紹介
 すばらしいですね。それは楽しみです。
 天文記録で、歴史の修正が図れれば、今まで解けなかった歴史の謎が解けることもあるかもしれません。

 ↓ これは特殊な例ですが、
http://seiten.mond.jp/gt48/taruho_tenmon.htm

 文学の作家に応用した例です。天文現象が小説の内容と100%合致しているわけではないが、対応はしているという、こういう作家はごく限られているでしょうね。
2017-03-23 Thu 20:31 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>天文記録で、歴史の修正が図れれば、今まで解けなかった歴史の謎が解けることもあるかもしれません。
 頻繁に出てくるようなものではありませんが、天文現象、火山の爆発、大地震、大津波などの記録は考証の余地があるので、古文書を読むときには注意しておきたいと思います。私などのように古文書にさして親しんでいない者でも、最近もうひとつ面白い記録に出会いました。佐竹氏関係の記録で、「烟田旧記」に記載されている彗星のひとつと共通する彗星を記録しています。これも城郭本の中で指摘します。那須へ侵攻した佐竹氏の記録なので、那須山の噴火の凄まじさも記録されています。

>天文現象が小説の内容と100%合致しているわけではないが、対応はしているという、
 足穂をたくさん読み込まれているS.Uさんならではの論考ですね。しかし、足穂のように天文現象をあまりに正確に描写しすぎると、S.Uさんのようにそれをまたシミュレーションして考証するマニアが現れ、小説の時間経過に不整合が出てしまうという弱点もありそうです。

余談ですが、この論文の主要著者のお一人(極地研所属)は、実は私の頭の中の相関図では鈴木壽壽子さんと間接的ですがつながりのある方で、以前メールをやり取りしたこともあります。こういう話題の中で久しぶりにお名前を見つけ、うれしく思いました。
2017-03-23 Thu 21:47 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>「烟田旧記」に記載されている彗星
 日本の朝廷や武家の年代記には、格の上下を問わず彗星の記録が多いようですね。具体的な占いに使ったのかどうかもあまり明瞭でないように思いますが、どういう意図で観察・記録したのか、そもそものところが今一つわかりません。戦国時代であるなら、彗星の見え方を、実際の合戦の戦術に応用したのか、一種の天文民俗学になるのかもしれませんが、こういうところの研究も進むと良いと思います。

>足穂のように天文現象をあまりに正確に描写しすぎる
 足穂が事実を少しずつ歪曲させながら小説を構成している、それも自分の内心に近いところは事実通りに、自分のコントロールの効きにくいところは変更を大きくして書いている、というスタイルが明らかにできたように思います。解くに、1~3年単位で時間をずらしたり伸縮させたりしているのが常套になっているようです。

>主要著者のお一人(極地研所属)
 明月記も鈴木壽壽子さんの業績も足穂も含めて、拡張された天文民俗学のようなものが広い分野で研究されるとよいと思います。
2017-03-25 Sat 07:39 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>戦国時代であるなら、彗星の見え方を、実際の合戦の戦術に応用したのか、一種の天文民俗学になるのかもしれませんが、こういうところの研究も進むと良いと思います。
 「烟田旧記」に限れば、不吉の予兆としてみています。多くは、彗星が現れたので何かなければ良いが、という書き方ですが、上杉謙信が死んだらしいので彗星が出現するのではないだろうか、という書き方があります。後者の時期には実際には彗星は現れてはいないようですが、とても興味深いです。
2017-03-30 Thu 09:07 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
 少なくとも一般には、あまり系統的な見方はないようですね。軍師には特別な学問があった可能性はありますが。

 上杉謙信は同時代において神話的カリスマだったようですね。昨年の大河ドラマで、上杉景勝が武田勝頼同様、先代との比較されてえらい苦労していましたが、やはり史実なんでしょう。

2017-03-30 Thu 19:11 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>上杉謙信
 戦国時代のヒーローなので、ちょっと遠い存在に感じるかもしれませんが、つくば市は攻められていますから討ち死にされたご先祖をお持ちのご家庭もあると思われます。さらに、奴隷狩りもしているので、史実を知ると心情的には好意を持てなくなるかもしれません。
2017-03-30 Thu 20:22 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>史実を知ると心情的には好意を持てなくなる
 そうなんですか。謙信は「義」の武将といわれていますが、しょせんは下克上、騙し合いの世の中において、有力武家や将軍とのあいだの道義と同盟だけは比較的遵守していたという程度かもしれません。謙信のカリスマ性も、戦に強いからで、当時は義人という意味ではなかったかもしれません。

 そもそも、戦国時代の真っ最中には忠義も道義もなく、義を重んじる武将ということ自体もう少し後世の考えで、敗戦のヒーローである清水宗治、大谷吉継、真田幸村あたりからということはないでしょうか。
2017-03-31 Fri 12:52 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>謙信は「義」の武将といわれていますが〜有力武家や将軍とのあいだの道義と同盟だけは比較的遵守していたという程度
 それすらもプロパガンダに使える様な時代だったということなのでしょう。味方には義を持って、敵に対しては容赦無かったのではないでしょうか。永禄9年(1566年)には、つくば市の小田城を焼き落とし人身売買を行い、その足で佐倉市の臼井城攻めへ向かっています。進軍ルートになった地域も被害があったと思われますが、こちら信太庄ではそれ関連の伝承は聞かないので、ルートは常磐線の方だったのかな。義の武将の敵にはなりたくないですね。
2017-04-02 Sun 07:12 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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