33年の時間を巻き戻し天文少年ならぬ天文壮年へ再入門。隊員1名、200mm、65mmの望遠鏡と双眼鏡で星空を楽しんでいます!
茨城県稲敷地方の民俗の記録 『豊穣記』
2018-02-09 Fri 00:00
1712312.jpg『豊穣記』 松岡斉写真記録 茨城新聞社 2006年 3885円

 松岡斉(いつき)氏は1934年に高知県に生まれ、高校卒業後7年間開拓農業に従事し、その後東京農大に学び、カメラマンを志したらしい。卒業後茨城県の公立高校教諭となり農業指導をしながら、アマチュアカメラマンとして地元の民俗行事を撮り続け、その成果の一つがこの写真集となった。本の帯に阿見町在住と書かれているので、教鞭を執られたのは農業科があった江戸崎高等学校(1907年(明治40)創立の現江戸崎総合高校前身)だったと推測する。松岡氏は外からこの地へ移り住んで来て今だに残る民俗行事に魅せられたが、私も同じ稲敷の地へ移り住んで、いつの時代のことかと聞き返す様な珍しい話をいくつも見聞きした。都会から離れれば形は違えどもどこにでもある風習だろうと思っていたが、そうとも言えないこの地方独特のものも多いようだ。
 写真集は、御歩射の世界、性を祭る、女祭考、若者たちの神々、解説から構成される。ついこの前の記録と言えるが、いずれの地域もこの間十数年で継承の危機に直面していると思われる。

 030120kaibarazukabusha25.jpg私が住む地域は純農村ではないので行事は比較的簡略化されてはいるが、正月には奉社という寄り合いがある(本年が最後だったので、あったと書くのが正しい)。奉社について調べると、徒ちで矢を射る歩射に由来することを知った。私の地域では矢を射ることはしないが、周辺地域の中には1年の豊作を占う神事として今だに歩射を行ってるところもある。[写真は私が見学させていただいた2003年01月20日の貝原塚八坂神社の歩射]
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この記事のコメント
>茨城県稲敷地方の民俗
  この地方の基本的な認識としてわからないことがあるのですが、かつての民俗の地域のコミュニティを考えるに、霞ヶ浦の近くは、耕作や居住に適さないたいへんな湿地帯だったと思うので、ここは、水郷や漁民のような湖水や河川を使って移動をしながら仕事をしていたような状況を中心に考えるべきなのでしょうか。
 それとも、内陸の丘陵地の周辺に点在する村々を結んだ(ちょうど今のつくば市のような)固定した集落間の人たちの動きが中心になっているような状況を考えるべきなのでしょうか。今となっては、前者の状況は消えてなくなってしまったので、どんなものだっただろうと思います。
2018-02-09 Fri 12:14 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
両方あったと思います。水上生活の民もあったでしょうし、水と陸の境界で力を蓄え居館を構える民もいますし、陸の上に居館を構える民もいました。現在から中世あたりまでの過去を眺めるとき、霞ヶ浦周辺の低地や台地上に分布するおびただしい数の城館址はそういうコミュニティの核の一つ一つにも相当するのではないかと感じます。
私たちが生まれた時代の沿岸の生活者の暮らしぶりを描いた資料として、今井正監督の映画『米』もオススメです。図書館にあると思います。
コミュニティというものを形成したかどうかがわかりにくいのが水上生活の民だと思います。霞ヶ浦でも数十年ほど前まではそういう生活をしている人々もいたようです。これについては、佐賀純一さんの『霞ケ浦風土記 風、波、男と女、湖の記憶』をご覧になってください。そういう人々からの聞き書もあります。
2018-02-10 Sat 12:51 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>両方あった
柳田國男学派の民俗学で、西日本~沖縄の話だったと思いますが、そういうところでは、水上民と農耕民は交渉ががほとんどないそうです。もともとは、違うルーツを持つ集団の人たちであった、というのが彼らの民俗学での考えであったと思います。関東では、半農半漁というのがずっとあるんですね。
 『米』は紹介いただいて見ましたが、霞ヶ浦で舟に乗っている人も米を作っている人も同じコミュニティでしたよね。そうではない、純粋の水上民が霞ヶ浦にいたとすると、運送業ということなんでしょうか。また、本を読んでみます。

 ところで、お借りしていた本は、本日、ご返送いたしました。また、余分の冊子を入れさせていただきました。かすてんさんは日本物理学会会員ではないですか。無駄な物をお送りしたことになったかもしれませんがご容赦下さい。
2018-02-10 Sat 16:10 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>純粋の水上民が霞ヶ浦にいたとすると、運送業ということなんでしょうか。
 水運業の需要は大きかったでしょうね。水上民のための水上銭湯船とかもあったみたいです。きっと水上遊郭もあったでしょう。場所は違いますが宮本輝の『泥の河』の舞台もそういう船でしたね。
2018-02-10 Sat 23:23 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>水運業
 これは、かつては、日本中の大きな河川であったことですね。丹波の由良川でも広島の太田川でもあったことでしょう。(広島では今でもあるかもしれません)

 水運業の担い手はどういう人たちか知りませんが、陸運業である馬子、駕籠かき、飛脚、強力などが、農林事業者から漂泊民にいたる様々な人によって維持されていたことと似たようなものなのでしょうね。銭湯や遊郭まであったということは、旅行者や仲買人業界が盛況だったんでしょうね。
2018-02-11 Sun 07:01 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
宗門人別で管理されている人たちには、好むと好まざるとに関わらずそのコミュニティへの帰属意識があると思いますが、水上民は宗門人別から外れていたのではないかと想像されますので、そういうことからすると帰属する集団もなさそうに思います。
表題の書籍が扱っているのは少なくとも水上民ではなく、稲敷の台地上の人々です。
2018-02-11 Sun 12:40 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>宗門人別で管理されている人たち
 つまり、旅人でいうと、関所の通行手形を持っている人と、手形ではなく顔パスで通るような渡世の人との違うということですね。河川は手形改めはなかったと思うので、代わりに積み荷改めがあったのでしょう。ホントに昔の人の暮らしを考えることは面白いです。
2018-02-11 Sun 14:02 | URL | S.U #Ol/FB2WA[ 内容変更]
>ところで、お借りしていた本は、本日、ご返送いたしました。また、余分の冊子を入れさせていただきました。かすてんさんは日本物理学会会員ではないですか。無駄な物をお送りしたことになったかもしれませんがご容赦下さい。

返送頂いた書籍、および日本物理学会誌付録の小冊子を本日受け取りました。もちろん日本物理学会会員ではありませんのでありがたく頂戴いたします。この冊子の内容はそのままちょっと難し目のブルーバックスの一冊になりそうですね。

また、同時にポストに届いていました『天界』にS.Uさんの投稿記事がありましたが、古天文学でないのは珍しいですね。
2018-02-13 Tue 20:56 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
>書籍
 長い間お貸しいただいてありがとうございました。「縄文観測」や地名については批判しましたけど、面白かったです。地形を星に関わる名前と関連づけているところは、「北斗岩」や「三台山」みたようなもので、正解かどうかは別にして優れた着想だと思うので、できれば先行著書(「星の坐」でしたっけ)も見てみたいと思います。

>古天文学でないのは珍しい
 お気づきいただきありがとうございます。AMSのニュースが出た時に、ネット上に、ダークマターと反物質を混同しているみたいな人がいたので、ちょっと整理して説明したいと考えました。
2018-02-14 Wed 07:40 | URL | S.U #MQFp2i1U[ 内容変更]
>「縄文観測」や地名については批判しましたけど、面白かったです。
 自分で読んでいるだけだとこのモヤモヤ感がどこからくるのか表現できませんでしたが、S.Uさんの評を読んで落ち着きました。

>ダークマターと反物質を混同しているみたいな人がいたので、ちょっと整理して説明
 カテゴリーが違うのでそこを混同すると蒟蒻問答になってしまいますからね。
2018-02-14 Wed 08:20 | URL | かすてん #MLEHLkZk[ 内容変更]
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